翌日、受付所にて。

「はい、どうぞ。」

と渡されたのは依頼書と忍服一式。私服で受付所に来ていた俺はさっそく更衣室へと向かった。道すがら報告書に目を通す。

「えーと、本日の任務は...、やっぱりBランクかぁ。」

依頼書を立ち読みしつつ、ちょっとトホホな気分だったがこれも自分の妙な癖が原因だ。誰に愚痴を言うわけにもいかない。
任務内容はサバイバル演習場に生息している猛獣の捕獲、ねぇ。成獣の赤獅子を雄雌各1頭ずつ、計2頭。生態調査のため生きたまま無傷で研究所まで輸送か。
赤獅子の成獣っつったら2メートルは軽く超えてる。それを2頭、抱えたら俺、埋もれて見えなくなりそうだな。
でもまあ、今日中には片が付く内容だった。今日はイルカの家のご飯をたかりに行こう。昨日はやはり行けなかったし。
更衣室で忍服を着替え終わると、俺は早速式を飛ばすための印を組んだ。

「お前なにやってんだ?」

と怪訝そうに俺を見下ろす男が一人、目の前に立っていた。更衣室にいた数人の内の一人だ。同じ忍びだからと気兼ねもせず近づいてきても挨拶程度だろうとたかをくくっていたのだが。
しかし何をと言われても、ただ式を飛ばすための印を結んでいただけなんだけどなあ。見れば解るだろうに。
俺はとりあえず印を解いた。もしかして更衣室で式を飛ばすのは厳禁だったとか?でもそんな注意書き見たことないしなあ。でもそれは暗黙の了解みたいなものがあるとか。そんな馬鹿な。

「えーと、それで何?」

「だから何やってんのかって聞いてんだよ。なんで式なんか飛ばすんだ?それも依頼書もらってすぐに。」

ああ、確かに不審に思われるかもなあ。まるで機密事項を外に漏らすかのような行動と取られてもおかしくなかったかもしれない。今度は人目につかない所で飛ばそう。

「別に任務内容を漏らそうとしたわけじゃないよ。」

大体そんな大それたことするならこんな人目の付きやすい場所なんて選ばないって。少しは察してよ。

「お前、新顔だな。下忍なのか?」

なおも食いついてくる男に少々嫌気が差しながらも答える。

「中忍だけど。」

とりあえずはね。

「大体どうして片目を隠している?」

写輪眼を隠すためだよ。ずっと写輪眼だから隠しておかないとチャクラが駄々漏れして疲れるんだって。でもあんまり言いたくない。まだ写輪眼はうまく使いこなせていない感があるし、戦場でもない場所で無意味に親友の形見を臆面もなく晒すのには、抵抗があった。
それにしてもなんだよこいつ、まるで尋問されているみたいじゃない。なんか嫌な感じだなあ。

「もういい?俺、任務あるし。」

「待て、名を名乗れ。」

「名前は聞く前に自分から名乗るって教えてもらわなかったの?」

ああ言えばこう言うで、なかなか話しに進展がないようなので、俺は勝手に話しを区切って男に背を向けた。

「おい、里を裏切るようなら容赦しないからな。」

男が暗に怒気を含ませて言った。俺は顔だけ振り返り、あらん限りの殺気で答えた。

「里が俺を裏切っても、俺は里を裏切りはしない。」

親父とオビトの意志は継ぐ。例え仲間内から罵られようと、仲間は守る。裏切りはしない。
俺は更衣室を出た。
途端にため息が出た。
何やってんだ俺は...。喧嘩売ってどうするよ。同じ仲間にもうちょっと愛想良くすればいいのに。まだまだガキだな、俺も。
...ま、いいか。
俺は思考を打ち切って、さっそく演習場へと向かった。向かう途中、別の演習場でアカデミーの生徒が実施訓練で手裏剣投げをしていた。自分と同じくらいかもう少し下の連中だ。もしかしてイルカもいるのかな、とまじまじと見ていたが、残念ながらイルカは見当たらなかった。アカデミーで授業を受けているのかもしれない。
そうだ、さっきは邪魔されてできなかったけど、ここで式を飛ばしておくか、と印を結んだ。そしてできあがったのは一匹の白い蝶々だった。それは風に揺れるでもなく、ひらひらと目的の人物へと届くだろう。授業中でも先生に気付かれないようにチャクラも最小限に留めてある。
それなりに気を遣っているカカシだった。
ふふ、と笑ってカカシはサバイバル演習場へと向かった。
赤獅子はその習性から水場のある場所に集まる。結構きれい好きなのだ。


カカシは跳躍して川、もしくは池のある場所へと向かう。サバイバル演習場にはさまざまな動物が生息しているため、危険な場所と思われているが、要領を得てしまえばさほど危険でもない。どんな動物がいてどんな習性を持っていて、何が好物で何を恐れるか。知ってしまえば対処の仕方はおのずとできてくる。そしていざ、万が一にでも襲ってきたとして、一瞬で殺せるだけの強さが自分にはあった。

ま、無益な殺生なんて好きじゃないから幻術でも金縛りの術でもなんでも使うけど。
カカシは一つ目の池にたどり着いた。ここにはいないようだ。近辺にも動物の気配はしない。ここはハズレのようだ。

「ちぇー、ハズレかあ。」

カカシはまた跳躍した。
今日のご飯はなにかなー?今日は体力を使いそうだからガッツリしたものが食べたいなあ。イルカは献立を色々考えてくれるだろうか。冷蔵庫にはあれが入ってたから今日はそれを買い物してあれを作ろう、これを作ろうと張り切ってくれるだろうか。自分のために作ってくれるご飯が帰ったら待っている。それはなんて楽しみなことだろう。家に帰っても冷え冷えとした部屋の中で簡易食物を食べるだけではない。
ふふ、とカカシはまた笑った。今日はごきげんだ。
次に見つけた川で赤獅子を見つけた、運が良い。5.6頭いる中で雄雌の判断をつけると早速カカシは幻術でもって赤獅子たちを眠らせていく。
赤獅子は暴れると面倒なのでこのまま眠らせて持ち帰る。
完全に眠ってしまったことを確認してカカシは健康そうな赤獅子を捕まえると抱え上げた。
やはり2頭も抱えると自分が埋もれてしまう。しかもこのままではちょっと瞬身なんてできない。研究所は里の外れにあるとは言え、それでも人目にはついてしまうが仕方ない。
カカシは跳躍して研究所に向かった。

 

サバイバル演習場を出た所でカカシは人の気配に気が付いた。確実に自分に視線を向けているようだ。
なんだ?まあ、確かに赤獅子を背負ってサバイバル演習場から出てきたら訝しく思うかもしれないけど、これも任務だし。
が、おかしいな、どうやら待ち伏せされていたらしい感じがする。

「あのさ、何か用なの?」

気配を気付かれているとは思っていなかったのか、動揺した雰囲気が伝わってくる。

「俺、任務中なんだよね。用があるんだったらその後にしてくんない?」

カカシは歩き出した。が、クナイが飛んできて足下の地面に突き刺さった。どうしても足止めをしたいらしい。

「止めてくれないかな。里内で同士討ちは御法度でしょ。」

「お前、本当に中忍なのか?赤獅子を一人で捕獲するなんて中忍でも一人じゃ無理な話だぞ。」

目の前に現れたのは更衣室でしつこく聞いてきた男だった。暇な奴だな、不審な奴と思って俺をつけてきたか。

「それにこれはなんだ?やはりお前は間諜だったのか?」

見ると男の手の中に白い蝶々が舞っていた。カカシが放った式だった。小さな結界の中に閉じこめてあるようで、これがここにあると言うことはイルカの元に伝言が行ってないと言うことだ。当たり前だが。だが、それがとてももの悲しかった。

「はぁ、俺の楽しみ壊さないでよ。」

赤獅子を抱えたままカカシは足下のクナイを睨み付けた。

「俺の名前ははたけカカシ。写輪眼を移植したのは知らないか?」

名前を言うと男は思い当たることがあるのか、顔を険しくさせた。

「白い牙の息子か。」

その名前を聞くのも久しい。親父が死んでからは皆、はれ物を触るようにしてその名を避けていたから。だからいっそせいせいした、その名前の意味する所を知らぬ忍びはいないだろう。

「そ、だから里を、仲間を裏切るようなことはしないよ。その名にかけてね。」

「待て、サクモの息子は上忍になっていると聞いているぞ。どうして今は中忍に格下げになっているんだ。」

ああ、こういうことになるからもっと考えて指示を出せと言ったのに、あの火影は。

「今は事情があって中忍になっているだけだ。またいずれは元の階級に戻る。なんだったら火影に確認してくれてもいい。この指示を出したのは火影自身だからな。」

火影の名を出すと男はうむむ、と唸りつつも納得したようだった。

「ではこの式は、」

「友達にご飯よろしくって伝言頼んだんだよ。なかなか任務してると会えないから。」

相手はアカデミーの生徒だし、と思って言うと、男はため息を吐いた。

「疑って悪かった。これは開放する。」

男は蝶々を閉じこめていた掌の結界を解いた。蝶々は今度こそ目的の人物の元へと向かうだろう。

「俺の名前は猿飛アスマ、中忍だ。俺と同じくらいの年の奴が高等な式の忍術使うのを見てたらどうにも嫉妬しちまってなあ。余計な猜疑心を持っちまった。まだまだ俺も小者だ、すまん。」

男は潔く詫びを入れ、ハハハ、と笑った。しかし俺は呆然と男を見た。

「はぁ!?」

驚きに口はぽかんと開けられ、呆けた声が漏れた。俺と同い年くらいって言わなかったかこの男。どう見ても20代前半くらいにしか見えないんだけど。それとも俺の方が老けて見えたのか?失礼なっ。

「言っておくが俺はまだ10代半ばだ。」

俺の視線の意味を知ってか、アスマは苦笑いを浮かべた。こういった視線は慣れる所なのだろう。仕方ないよ、だって、あんまりにも姿形、雰囲気、どれをとっても少年と言うよりは青年だ。タバコなんて銜えて酒でも飲んでればそこらの大人と変わらない。

「お前、老けてんな...。」

はっきり言ってやると、アスマは否定こそしなかったがむすっとした。ちょっといい気味、いままで散々疑ってた罰だ。
でもまあ、これでチャラにしてやろう。大体俺をつけてきたのだって里を思って不審なものかどうかを見極めるためだったんだろうし、こうやって謝ってくれたし。
俺は小さく笑って赤獅子を抱えなおした。強力に催眠をかけたがさっさと任務は終わらせるに限る。

「ま、許してやるよ。じゃあね〜。」

俺は再び研究所へと向かった。